2月23日にしか手に入らない超レアお札? 京都・醍醐寺の盗難よけ「五大力尊御影」とは?

 「スピリチュアルやね」

 これは、若者のあいだで流行し、昨年は作品内のユニットが紅白歌合戦にも出場を果たしたアニメ「ラブライブ!」の、あるキャラクターの口癖とされるせりふである。世間はここのところ、「スピリチュアルブーム」「パワースポットブーム」に沸いている。京都にも「スピリチュアルなパワースポット」といわれるところがたくさんあり、それらを巡るツアーも日々大賑わいとのことである。たしかに京都の寺社仏閣では、いつ見ても多くの人々がお守りやお札などを熱心に授かっている風景を見ることができる。

 しかし、京都にある「醍醐寺」には、年に一日のみ、災難よけのお札を授ける行事がある。毎年2月23日に「五大力さん」として京都の人々に親しまれる「五大力尊仁王会」である。

 醍醐寺平安時代、聖宝が山頂に観音を安置したことからその歴史が始まる。また907年には醍醐天皇勅願寺となり、規模の大きい寺になった(そもそも醍醐天皇の名は、醍醐寺からついたものであるらしい)。これは、醍醐寺が京から見て辰巳の方角(南東方向)に存在することから、北東方向の延暦寺、北西方向の愛宕神社神護寺、南東方向の岩清水八幡宮とともに、京の都、ひいては国を守り発展させていくために指定されたものとされる。醍醐寺には国宝級の文化財がたくさんあるが、そのひとつが五重塔である。五重塔は952年の竣工で、その後の幾度かの山火事や応仁の乱の兵火を免れた、唯一の創建当初の建築物である。今年で竣工から1064年(!)、京都市内最古の建築物だそうだ。また金堂は2度焼失しているが、安土桃山年間の「秀吉の花見」に際して再建されることになり、新築が間に合わないため紀州から移築されたものである。またその奥には観音堂がある。ここは西国三十三ヶ所の11番札所ともなっており、多くの人々が巡礼に訪れていた。


五重塔。現存する唯一の創立当時の建築物。竣工は952年。京都市で最古の建物である。

 ところで、五大力尊仁王会といえば、金堂前で行われる「餅上げ力奉納」が有名である。2月23日になると、毎年ニュースや新聞に紹介されるほど有名な行事で、男性が150kg、女性が90kgの鏡餅を抱え、その時間を競い、その力を奉納する。

……だが、京都の人々はこの御影を、主に次のような目的で授かりに行く。「泥棒・盗難よけ」である。先述の「災難よけ」よりその加護の内容が具体的になっており、京都の人々はこの御影をひとつだけではなく複数授かり、玄関だけではなく勝手口、駐車場にも飾るという。ではなぜ「泥棒よけ」になるのだろうか。それを調べるべくまずはインターネットで検索をするも、答えを見つけることができなかった。

 そこで、実際に醍醐寺で、お坊さんにその所以を聞いてみた。てっきり、寺が今まで一度も盗難にあったことがない、などがその理由だと思っていたが、意外な答えが返ってきた。都市伝説によるものだというのだ。どの世にも泥棒というものはかならずいるが、この「五大力尊御影」がある家に泥棒が入っても、何も盗らずに帰っていく例が非常に多いらしい。それは実際に捜査にあたる警察が驚くほどであり、それから話が市民に広まり、この御影を玄関などに飾ることによって盗難よけとなるとされ始めたとのことである。ちなみに、今でもその傾向はあるようで、私が話を聞いた僧侶も警察職員から驚いたように話されたという。


写真右が「五大力尊御影」。左は祇園祭のちまき。

 また、この話を聞きつけ、今では大阪の商人たちもこの日に多く醍醐寺に駆けつけ、御影を求めるという(ちょうど大阪から見ると、醍醐寺の位置は鬼門に当たるらしい)。特に金融関係の人が多く、機密情報の書類を送る際に、ダンボールの蓋の裏に御影を貼る者すらいるそうだ。国家の安泰を祈る醍醐寺が、ひょんな都市伝説から一般市民にも広く信仰されるようになった、面白い例ということができるのではないだろうか。

 考えてみると、京都の人々は観光客がいう「観光地」や「パワースポット」を、生活の一部としているのではないだろうか。引っ越しをするときや子供に命名するときには晴明神社へ出かけて占いを受け、台所には火除けのお札(愛宕さん)、玄関には災難・泥棒よけの五大力さんのお札。学業成就を祈り北野天満宮に出かけ、商売繁盛を祈願に伏見稲荷へ。また、祇園祭は単なるお祭りではなく、無病息災を祈るものである。

 観光スポットで有名な寺や神社、それから行事も、それらが観光客向けのみのためにあるのではなく、必ず地元の人々の生活や信仰がそこにある。それが、他とは少し色の違う街、京都ではなかろうか。

[参考文献]
○山本四郎『京都府の歴史散歩 中』(山川出版社、1995年)
醍醐寺ホームページ「略縁起」「信仰と行事」「醍醐寺の寺宝・文化財
 https://www.daigoji.or.jp/ (2016/06/19閲覧)
醍醐寺パンフレット

 

【お知らせ】
このノートの内容は、筆者が出席していた大学講義においてレポート課題として提出したもの(2016年7月締切)を一部書き換えた上で掲載しています。
また、noteにも同じ記事を掲載しています。